福島応援

福島応援
みんなで集まってにっこりわらって

2015年3月11日水曜日

2015年3月11日街頭活動チラシ①




~わかってきたこと、見えてきたこと~


2015年3月11日。東日本大震災から4年が経過しました。復興が叫ばれそしてこれから5年目に入ります。この期間は、同時に私たちが街頭に立つようになってからの期間でもあります。

「何かしなきゃ、いけない」。難病患者の想いに人が集まりだし、「福島を歌と言葉で応援しよう」と私たちは2011年12月より街頭に立つ様になりました。「応援」としたのは、被災地の人たちと同じ目線に立ちたい、そんな気持ちからでした。やがて、福島の人々との交流が生まれ、現地で何が起きているのか、そして、日本で何が起きているのか、何となくわかってきました。道行く、少なくない人がそこに気づき、感じ、募金をしてくださると強く感じます。私たちは一人じゃない。一歩踏み出す事で、つながる事で大きくなれる。しかし、震災を、原発事故を風化させようとする力はとても大きなものだと思わざるを得ません。

2011年3月11日に起きた東日本大震災は津波による甚大な被害を東北地方、岩手県、宮城県、福島県にもたらしました。復興が叫ばれるものの、今年までの3年で三兆円もの復興予算が使う事ができず「不用」とされてしまうなど、うまく行っているとはとてもいえない状況が続いています。そして、福島県においては東京電力福島第一原子力発電所の事故による核汚染が、復興を他県と比べて格段に難しいものにしています。

4年経ちました。現在、そして未来にむけて何が問題で、何が課題で、何を優先し、何を解決してゆくか。見えてきても、わかってきても良いはずです。4年前「原発が停まったら江戸時代の生活に戻ってしまう」「経済が壊滅的打撃を受ける」と声高に叫んだ連中がいましたが、私たちは原発の電気なしで今回の冬を乗り切りました。出来る事も実は見えています。一方で、東京電力は事故による汚染水の海洋流出を隠しました。責任の所在が曖昧なまま、原発の再稼動を前提とした議論を各電力会社は行っています。知らせず、隠し、強引に、自分たちの利益のみを求める理屈がまかりとおっています。その強大な力に数多くの人々がなびいてしまっています。

こんな世の中になってしまって、でも「何かしなきゃいけない」。どうすればいいか。しかしこの4年で私たちはわかってきました。知る事、知らせる事、その為に何か行動すること。出来る事で良いから続けることです。続けるからには楽しいほうが良い。私たちは歌います。歌い続けます。

2015年2月13日金曜日

2015年2月11日定期活動の感想をいただきました

みなさんおはようございます。ありがとうございました。
2・11は天候にもめぐまれ三青のみなさんの大勢の参加でとても賑やかで私はうれしい気持ちになりました。
取り組みのなかで
リクエストコーナーはとても良かったです。 
できたら5曲くらいをひとことメッセージを入れて、今回のようにやれば、集会にアクセントがつくし、通行する人も「この歌を歌える」につながると思います。 
それで3月はいつもの参加者5人からリクエストと歌のエピソードや私の思いを想いをもらう。来月からは私がテーブルをもちリクエスト受付所を開きます。
 
満4年目に向けてみなさん趣向を出し合いましょう。例えば、
1,今年の最大の争点は 原発再稼働 そこで賛成反対の投票(ボードに貼るやりかた)。長いたたかいなのでエンドレスで取り組む必要がありそうです。
 
2,ポスター
 コピーできるモノ。毎月11日は福島応援 on songのようなもの。積極的人集めの一歩です。
みなさん4周年あんなことこんなことありませんか?いまから準備すれば何でもできます。
お知恵を!意見を!
 
佐々木公一

2015年2月11日水曜日

2015年2月11日街頭活動チラシより②

~2015年1月20日福島訪問報告~

2015年1月20日(火)福島応援OnSongほか有志12名で福島県いわき市を訪問しました。昨年11月に行った勉強会でお話をいただいた伊東さんを訪ね、震災時に行き場を失った25人の障害者が20日間放射能におびえながら何とか過ごした福祉作業所を見学した後、仮設住宅のある区域といわき自立生活センターを訪問するといった強行スケジュールでしたが、今何が起きているのか、私たちに何が出来るのかを、知り、考える大変よい機会となりました。伊東さんの話と参加者の感想をレポートします

私(伊東氏)たちがここに障害者福祉施設を作る時に、地域の反発があり頓挫した事があった。それは家にいられない障害者の行き場所も否定されたということで、障害者は二重の意味でふるさとを失ったことになる。しかし今回、福島の人間がふるさとを失う事になってしまった。まず、みなさんに「日常が、ある日突然失われる」事とはどういうことか考えてほしい。現在、いわき市に沢山の避難者がいるが、避難者に対するネガティブな意識もあるのは事実だ。しかし、一番悪いのはその原因である原発という仕組みを作った東電、国だろう。その仕組みの元、地元は潤ったと言うかもしれないが、そもそもあの原発では東京のための電気を作っていて、福島のためにあるのではない(福島は東北電力から電気を買っている)。現在、国及び東電に対して裁判を起こしているが、これは私たちが「ふるさとを失った事」と「低線量被曝にさらされること」でもたらされる精神的苦痛に対する賠償を求めている。事故の規模が大きすぎて責任の取り様がないとの意見もあって、個人には内省があればよいかとも思う。しかし、政治家や企業の社長はその立場から内省を表に出すべきだし、「あれは悪い事でした」と辞める事が個人に出来る責任の取り方ではないか。内省を言わない人が多いのも事実。現在、あの原発事故で責任を取って辞めた人はいない。

伊東さんのお話を聞いた後に訪れたいわき自立生活センターは、元々URの新興住宅地として整備されたいわき市中央台高久にあります。この区域に原発事故後避難者の仮設住宅が建てられました。もともと短期間で終わる事を想定し突貫工事で作られた仮設住宅は、すきま風や結露がひどく、壁が薄いためプライバシーも守られないと報告がありましたが、4年が経過した今、老朽化も目に付きます。訪問した1月20日は北風が強く底冷えする日で、あの寒さの中でどう過ごしているのか考えずにいられません。「この辺は避難解除が出された富岡町の避難者住宅です。住んでいた人は結構出て行ったから今は静かだと思うが、富岡とここを行ったり来たりの人も多い。いつまた事故が起きるかもわからないし、向こうだけで暮らすのも難しい。あとは、新しい暮らしを見つけて出て行く若い人もいる」。自立生活センターの長谷川さんが話してくださいました。ひっそりと人影もまばらな仮設住宅地に、それでもいくつかの灯りがついていました。「また来てください。皆さんの歌をみんな楽しみにしています」と、ありがたい言葉を長谷川さんからいただき、帰路につきました。

参加者の声
「初めての『被災地』訪問だったが、仮設住宅にショックを受けた。(東京の)今の生活がありがたいと感じる」
「原発の裁判の話を一生懸命話している事が印象に残った。でも、すぐには終わらない。ライフワークになるんだろうか」
「仮設住宅が小さくて驚いた。「みんな忘れようとしている」という言葉が胸に刺さった。嫌な事は忘れよう、関わりたくないと現地の人ですら思っていしまっている」
「被災者の友人にフェイスブックでこういった活動に関わる事を警告された事がある。その時は驚いたが今回お話を伺って、その複雑さや、もつれた住民感情があることを改めて知った。参考になった。やはり、来る事が大事だと思います」
「一端を見ただけかもしれないけど現実に触れる事ができた。仮設住宅が新興住宅地の中にあり、普通の一軒家がその隣にあることに衝撃を受けた。どんな気持ちだろうか。また、改めて『東京の電気を作っている』と言う話が耳に残った」
「以前来たときより仮設住宅の雰囲気が寂しく変わってきたように見えた」


今回の訪問では被災地で頑張っている皆さんに募金を渡す事ができましたが、後日お礼状と共に「ぜひ原発事故被災地視察においでください。」とありました。福島応援OnSongでは2015年の年間計画として3回の福島訪問を計画しています。これを機会にご一緒しませんか

2015年2月11日街頭活動チラシより①

~人と人との繋がりが良いな、と思う~

2015年1月11日。今年最初の福島応援街頭活動に、新成人が参加してくれました。彼女は福島県で生まれ育ち震災時に高校生だったそうです。現在看護師を目指し東京で勉強をしています。彼女のアピールをお伝えします。

震災時、私は家にいました。とても揺れて、すごい怖い思いをしましたが、大切なものや、大切な人が、なくなる事は無く、命は助かりました。今こうして成人を迎えられ、幸せに感じます。福島へ帰るたび、目茶目茶だった家も少しずつ片付いてきています。復興は進んでいると思います。放射能で帰れない浪江町にも親戚や知り合いが多くいます。避難して新しい生活を始めている人もいて、「時が解決してくれるのかな?」とも感じます。
こうやって、街頭に立って募金活動をしてみると、いろんな人がいて、声をかけてくれました。温かいな、人と人との繋がりが良いなと思います。復興ソングですが「花は咲く」を歌わせてください。

真っ白な 雪道に 春風香る
わたしは なつかしい あの街を 思い出す

叶えたい 夢もあった 変わりたい 自分もいた
今はただ なつかしい あの人を 思い出す

誰かの歌が聞こえる 誰かを励ましてる
誰かの笑顔が見える 悲しみの向こう側に

花は 花は 花は咲く いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く わたしは何を残しただろう

2015年2月10日火曜日

2015年2月11日街頭活動のお知らせ

福島応援OnSong定期街頭活動
日時:2015年2月11日(水・祝)14:00~15:00
場所:フォーリス府中前(京王線府中駅、JR南武線府中本町駅より徒歩5分、大国魂神社前けやき並木通り沿い)

プログラム
①歌と挨拶
②福島訪問報告
③詩の朗読
④リクエストコーナー
⑤福島の声

ほか

飛び入り大歓迎です
懐かしい歌、春の歌を中心に歌声もひびかせますよ

2015年1月11日日曜日

2015年1月11日街頭活動レポート

今回は成人式も近くとあって、新成人が駆けつけてくださいました。
彼女はいわき市で被災しましたが、今は東京で看護師を目指して勉強中です

歌のレパートリーも広がり、立ち止まる人、そして、拍手までいただきました
募金活動の合間の歌も、何か人に訴えかけるものとして定着しているようです



本年もよろしくお願いします
1月20日にはいわき市を訪問してきます

2015年1月11日チラシより

~本年もよろしくお願いします~

福島応援OnSongは毎月街頭に立ち、福島の応援と募金の訴えを続けていますが、それも5年目に入りました。

復興の声はいつしか東京オリンピックに切り替わり、現在は動いていない原子力(=核)発電所の再稼動にむけた動きも着実に進んでいます。新年の挨拶として「おめでとう」を簡単にはいえない状態です。おめでとうを言える様な良い年にしてゆくのは私たち自身です。

昨年、大学生の福島訪問を支援したときに受けた報告で「誰かのために何かをしたいと思った」というものがありました。福島の病院に入院している難病患者と接した若い学生からこの言葉が聞けたことに明るい未来を感じます。

福島原子力発電所4号機の核燃料棒取出しが終わりました。これも吉報です。
そこには、地道で気の遠くなる作業に、被曝しながら取り組む人々が居ます。限りある命、限りある健康。
やらなければならない事は圧倒的に目の前に立ちはだかっていますが、確実に歩みを進めています。

今現在稼動している原子力発電所はゼロです。

この寒い冬も、私たちの暮らしは原発なしでやっていけそうです。

そして「福島から原発をなくし、自然再生エネルギー先進県にすることは、福島の地に将来に向けた新しい日本社会への『道しるべ』を打ち立てる事になる。」と将来へのビジョン明確にして取り組んでいる人々が福島で頑張っています。

希望はあります。

知らないだけ、
知らされていないだけです。

望みを絶ってしまったら、あきらめてしまったらそこで終わりです。

終わりにしない為には、
望みをねがうためには知る事と考える事が必要です。

そして今、ここで、私たちに出来る事は歌う事です。募金をお願いする事です。